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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)1396号 判決 1976年11月25日

被告人 株式会社シーエス研究所

伊藤恭平

大八・四・一生 会社役員

主文

被告会社株式会社シーエス研究所を罰金三〇万円に、

被告人伊藤恭平を懲役一年及び罰金二〇万円に

各処する。

被告人伊藤恭平において右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人伊藤恭平に対し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用はこれを二分し、その一づつを被告会社株式会社シーエス研究所及び被告人伊藤恭平の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社株式会社シーエス研究所は、大阪府大阪市北区壺屋町二丁目三四番地に本店を置き、化成品の製造及び加工販売等を業とするもの、被告人伊藤恭平は、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括している者であるが、被告人伊藤は、昭和四九年四月ころから、口臭を消す清涼飲料水を京都市内の木村食品工業株式会社に依頼して製造したうえ、これを被告会社の製品、口臭を消すドリンク剤「DaD」(デーアンドデー)として販売していたが、その売れゆきが悪く、同年六月ころにはその販売を中止し、これに代わる製品の開発、販売を考えていたところ、古くから柿渋が酒の酔いを醒ますといわれ、又、高血圧にも効果があるといわれていることにヒントを得て、これまで製造販売していた「DaD」に柿渋を加えたものを製品化して販売することを思いつき、昭和五〇年八月ころから前記木村食品工業株式会社に依頼して、前記「DaD」に柿渋を加えたものを製造したうえ、これを被告会社の製品、酒の酔を醒まし、高血圧、心臓、肝臓等を保護するドリンク剤「アルクール」として販売するに至つていたものであるが、

第一  被告人伊藤は、被告会社の営業に関し、日本薬局方に収められていない医薬品である「アルクール」と称する製品(瓶入り一〇〇ミリリツトル水溶液。昭和五一年押第一九五六号の一二)について、あらかじめ厚生大臣からの承認を受けないで

一  昭和五一年二月二六日ころ東京都千代田区大手町一丁目七番二号株式会社サンケイ新聞東京本社において、同日付サンケイスポーツ新聞(東京本社版)二九万九、二七一部の第六面全面広告欄に

二  同年三月一六日ころ大阪市西区江戸堀北通一丁目一八番株式会社デイリースポーツ社関西本社において、同日付デイリースポーツ新聞(関西本社版)五〇万八、三〇一部の第六面全面広告欄に

三  同年三月二四日ころ大阪府豊中市服部寿町五丁目九二番一号株式会社大阪日刊スポーツ新聞社において、同日付日刊スポーツ新聞(大阪本社版)三〇万四、九七八部の第六面全面広告欄に

四  前同日ころ東京都中央区築地三丁目五番一〇号日刊スポーツ新聞社東京本社において、同日付前記日刊スポーツ新聞(東京本社版)五九万一、九〇九部の第八面全面広告欄に

それぞれ、「アルクール」なる名称を用いて、同製品が胃の中のアルコール成分(酸性)をアルカリ性に中和し、短時間で酒の酔をさまし、肝臓・高血圧・心臓を保護する効果がある等とその効能、効果に関する記事を掲載して、右各新聞に広告し、

第二  被告人伊藤は、右被告会社の従業員梅園俊英と共謀のうえ、右被告会社の営業に関し、あらかじめ大阪府知事の許可を受けず、かつ法定の除外事由がないのに、チラシ、ポスター、パンフレツト、講演等によつて前記「アルクール」が肝臓保護、高血圧、内臓疾患等にも効果があり、アルコール成分を胃の中でアルカリ性に中和し、高血圧・肝臓・心臓を保護するなどの薬効を有する旨各宣伝広告したうえ、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり前記「アルクール」を、昭和五一年二月二八日ころから同年五月一三日ころまでの間、前後九一回にわたり、

鹿児島県鹿児島市甲突町八丁目二番アサヒ企画株式会社ほか二三か所において、冨迫勝ほか三五名に対し、合計一九万八八六本を代金一、九〇〇万一、三〇〇円で販売し、もつて業として医薬品を販売し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、薬事法二条一項にいう「医薬品」は、その定義が甚だ不明確であつて、如何なるものが医薬品であるか特定できず、従つて、これらの物の無承認広告、無許可販売といつても、如何なる行為が犯罪となるか特定できず、薬事法の処罰規定は罪刑法定主義に違反し無効であると主張する。

およそ、刑罰法規の定める犯罪構成要件があいまい不明確のゆえに憲法三一条に違反し無効であるとされるのは、刑罰法規が、裁判規範としての面において、刑罰権の恣意的な発動を避止することを目的とするとともに、他方、行為規範の面において、通常の判断能力を有する一般人に対して、禁止される行為(可罰的行為)とそうでない行為(不可罰的行為)とを識別するための基準、限界を明示することによつて国民に行動の自由を保障することを目的とするものであるにも拘らず、その規定がかかる基準を示さず、そのため、適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果さず、又、その運用がこれを適用する国等の機関の主観的判断にゆだねられて恣意に流れる等、重大な弊害を生ずるからである。しかし、一般に法規は、規定の文言の表現力に限界があるばかりでなく、その性質上多かれ少なかれ抽象性を有し、刑罰法規もその例外をなすものではないから、禁止される行為とそうでない行為の識別を可能ならしめる基準といつても、必ずしも常に絶対的なそれを要求することはできず、合理的な判断を必要とする場合があることを免れない。それ故、ある刑罰法規があいまい不明確の故に憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきものである。

これを本件についてみるに、薬事法は、医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、増進に極めて深いかかわり合いを有することから、これらすべての製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規制し、もつて、国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的としているものであり、その医薬品の定義については、薬事法二条一項において(1)日本薬局方に収められている物(一号)、(2)人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物(二号)、(3)人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物(三号)と規定している。

そして、或る物が右にいう医薬品に該当するか否かは、右立法の趣旨、目的に照らし、通常の判断能力を有する一般人の理解において、合理的に判断されなければならない。この立場に立つてみるとき、右にいう医薬品とは、同条一項一号の日本薬局方に収められている物のほか、人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされる物或は、人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物すべてを含む(但し、医薬部外品、医薬器具とされる物を除く)ものと解するのが相当であり、その使用目的性については、必ずしも本来的に、薬理作用上、何らかの効能を発揮するかどうかにかかわりなく、客観的に右の使用目的性が存すると認められる物であれば足りると解するのが相当であつて、何等かの薬理作用を有するものについては勿論のこと、たとえ、その物が薬理作用上は効果がないものであつても、疾病の診断、治療又は予防の用に供されることを目的としていると認められる場合(従つて、疾病の診断、治療又は予防に効能ありと称する場合も含まれる)、或は身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされていると認められる場合(身体の構造又は機能に影響或は効能ありと称する場合も含まれる)には、すべてこれを医薬品とされ、薬事法の規制の対象とされると解するのが相当である。従つて、その外観、形状、用法、使用目的等、通常の判断能力を有する一般人の理解において、一見して通常の食品と認識される果物、野菜等を除き、その物が前記のような目的に使用されるものとし、或は薬効があると称する場合には、たとえアンプル、瓶等の内容物が常水とか蒸溜水、食塩水等であつても医薬品として薬事法の規制の対象となると解するのが相当である。けだし、医学的知識の未熟な一般人においては、かかる物をその外観、形状のみで判断し、或は内容物を識別して薬理作用を有するか否かを判断することは全く不可能なことであり、かかる物が社会一般に自由に製造、販売、授与されるときは、医学的知識の未熟な一般人の不相当な使用、服用等によつて、多数人の生命、身体等に不則の危害を生じさせる虞れのあることを否定し得ないからである。

このように見てくると薬事法二条一項の「医薬品」についての定義が、多少抽象的であるとはいえ、薬事法にいう「医薬品」についての基準は十分明示されていると認められ、犯罪構成要件の内容をなすもの(例えば、薬事法二四条一項、六八条等にいう医薬品)としての明確性を欠き憲法三一条に違反するものとは到底認められない。

そして、本件「アルクール」が、右にいう「医薬品」にあたるかどうかについて検討するに、本件「アルクール」は、糖液にLメチオニン、クエン酸ソーダ、安息香酸、アスパラギン酸ソーダ、ビタミンB1、B2、Cそれに柿渋等を混入して製造したもので、その成分自体からは薬事法二条一項の医薬品とは認められないものの、その外観、形状は、瓶に封入され、他の医薬品に類似した外観、形状を有するばかりでなく、一般人をして医薬品と認識され易い成分表を表示したうえ、判示のとおり、「胃の中のアルコール分(酸性)アルカリ性に中和し、短時間に酒の酔いをさます。肝臓、心臓を保護する」等の薬効をうたつているものであつて、これを、通常の判断能力を有する社会一般人の理解において、人の疾病(本件では二日酔)の治療或は疾病(本件では酒酔い、高血圧、肝臓病、心臓病等)の予防に使用される目的をもつものと認識させるに十分と認められる。

従つて、本件「アルクール」は、たとえ瓶のレツテルに清涼飲料水と表示していても、薬事法二条一項にいう「医薬品」に該当するものといわざるを得ない。

(適用法令)

判示第一の各事実

薬事法六八条、八五条五号、八九条(被告人伊藤については懲役刑と罰金刑とを併科)

判示第二の事実

薬事法二四条一項、八四条五号、八九条(被告人伊藤については更に刑法六〇条。懲役刑と罰金刑とを併科)

併合加重

刑法四五条前段

(被告人伊藤の懲役刑につき)

刑法四七条本文、一〇条(判示第二の罪の刑に加重)

(各罰金刑につき)

刑法四八条二項

換刑処分(被告人伊藤につき)

刑法一八条

執行猶予(被告人伊藤に対する懲役刑につき)

刑法二五条一項

訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

被告人らの本件犯行は、化成品の製造販売等を業としていた被告人らが、これまで販売していた清涼飲料水DaD(口臭を消すドリンク剤)の売れ行きが芳しくないため、新らたに酒の酔いをさまし、心臓病、肝臓病に効果があるといわれている柿渋を入れた清涼飲料の製造を思いつき、これに「アルクール」という名称を付したうえ、これが販売実績をあげるため、右「アルクール」が胃の中のアルコールを中和して酒の酔いをさまし、心臓や肝臓を保護し、あるいは高血圧を予防するなど、他の清涼飲料水には認められない特別な薬効がある旨大々的に広告宣伝し、巨利を得ようとして行つたものである。被告人伊藤は、昭和四八年頃に、自己の販売しているキヤンデイーの容器に薬効を表示していたことで、大阪市の保健所から注意を受け「てん末書」を書かされたことがあり、その際、薬事法についての知識も十分得ており、本件においても自己の行為が薬事法に違反していることを認識しており、かつ九州地区の「アルクール」の代理店アサヒ企画の代表取締役である冨迫勝を介して宮崎県衛生課から薬事法違反の警告を受けたことを聞いていたにもかかわらず、行政官庁から、直接注意、指導がなされたときに考慮すれば足りるとして、国民の健康に重大な影響を及ぼしかねない商品を、その製品についての十分な分析、薬効についての検査をすることもなく「アルクール」の広告販売を継続していたものであり、営利追求のためには手段を選ばぬという被告人らの本件犯情は極めて悪質といわざるを得ない。また犯行の態様もスポーツ新聞の全国版に大々的に誇大な広告をして全国的に販売を行つたものであつて、社会に与えた影響を考慮すれば、被告人らの責任は重大である。しかし、幸いにして本件「アルクール」による薬害等が発生していないこと、被告人が本件を契機に「アルクール」の販売をやめ、今後このような行為を行わないことを誓つていること、また販売先に対する事後の処理に誠意をもつて対処していること、被告人らに前科前歴のないこと等被告人らに有利な諸般の事情を考慮して、主文のとおり刑の量定をし、被告人伊藤に対しては、懲役刑の執行を猶予することとした。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石田恒良 神作良二 小林崇)

別紙(略)

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